女の涙


私が東北大学医学部の学生の頃、外科の武藤教授は講義の時間に世の中でアテにならないものは、「天気予報」と「統計」と「女の涙」であるとよく言っていた。要するに統計はアテにならないということを言いたかったわけである。私は数学が得意で、統計学も好きであったから、この武藤教授の言葉に反発を感じたが、統計のアテにならないと思わせる原因について考えてみた。一つは、統計で扱う素材を良く吟味しないとアテにならない結果が出てくることである。アンケートをとるとき、その質問の表現や内容によって結果が大きく違ってくることなどはその一例である。もう一つの大きな問題は、統計の結果の解釈である。統計的に有意の関係があっても、それがはっきりした因果関係になるとは限らないが、多くの人は統計的に有意の関係があった聞くとすぐにその間に直接的な因果関係があると考えてしまう。

 例えば、母親の教育レベルとその子供の齲蝕の発生は逆比例関係にあるとの統計結果がある。すなわち、教育程度の高い母親の子供にはむし歯が少ない。それは、教育程度の高い母親は、間食の取り方を含め子供の歯と口腔のケアに熱心な人が多いためと考えられる。この統計結果だけを丸飲みにして、母親を学校に入れて教育しても子供の齲蝕が予防できるわけではない。このような誤った統計結果の解釈が世の中に氾濫し、誤った情報の発生源となっている。

 最近、巷ではむし歯の少ない母親の子供にはむし歯が少ないという統計をもって、母親から「むし歯菌」が子供に感染するという話が広まっているようである。これも、むし歯の少ない母親が口腔ケアが良かった結果としてむし歯が少なく、このような母親は、当然、子供の口腔ケアに熱心である可能性もある。この統計結果から、短絡的に「むし歯菌」の感染と結論すべきでなく、どのような因果関係がこのような統計結果をもたらしたか、十分に考慮しなければならない。

 統計の結果から因果関係を推察してこれを証明するきっかけとして統計は有用な科学の手段であろう。あるいは、ある因果関係が、実際的にかなり大きな効果があることを証明する手段としても有用であるとも思っている。有意の関係があることを統計学的に証明することも大切なことである。しかし、どのような因果関係が統計結果に反映しいるかが重要であり、一つの可能性だけをとってこれをEBM (Evidence Based Medicine)あるいはEBD(Evidence Based Dentistry)のように言われることがきわめて多く、これが多くの人の誤解を招き、妙な齲蝕予防法を氾濫させている現状を憂慮している。